ポケモン愛と共に我が半生を語るおじさん

ゲーム

あれだよ。どうもエミリーです。

前回、ポケカの話を少しだけしました。アプリが出るからですね。

この件にかこつけて、そういえば筆者はポケモンが好きで、ポケモンで育ったようなものなので、このことをどっかで展開しておきたいな、と思いました。

ということでスーパー自分語り、ポケモン語り記事です。アラサーおじさんたる当サイト管理人である筆者の半生とともにお送りします。

ぼーいねこ
ぼーいねこ

長くなりそうだけど手短にお願いね

あどばんすいぬ
あどばんすいぬ

僕らの出番も…来る!!!

初めてのポケモンは幼稚園くらいの頃

初めて遊んだポケモンは「」でした。それをゲームボーイカラーで遊んでいます。

どういう経緯で手に入れたのかは全く覚えていないのですが、家族から聞いた話だと、叔父さんに当たる人がゲーム好きで、プレゼントに買ってくれたとのこと。

おばあちゃんちにスーファミとMOTHER2があったりしたくらいですし、親族の影響はそれなりにあるようで。当の父親と母親はあまりやらないのですが。

MOTHERの話をしますね?MOTHER2のひみつ。開催記念
今年の夏に資料展示が行われることを記念して、MOTHERシリーズの思い出と、これから遊ぶ人に向けたおススメを行なっています。

一つだけ恐怖のエピソードを添えておくと、この時にひらがなを覚えていない状態でゲームを遊びひらがな表とゲームに出てくる文字を照らし合わせて解読しながら遊んでいた。とのこと。

そのおかげで言葉の習得がちょっとだけ早かった、みたいな証言もあります。母曰く。

ちょっと寄り道話なのですが、今時の子どもたちもゲームやスマホに囲まれて育つから、昔の子供に比べて言葉の習得が早かったり機器の操作に明るかったりするんですかね?

私はVHSで育って、あの「キュイーーーーン!!」という早回しをしながら、丁度当時やっていたポケモンのアニメだったりを見ていました。

ちなみに、その当時に買ってもらっていたと思われる旧裏のポケカも実家の部屋にあります。買ってもらっていた当時の記憶はあまりないのですが…。

あと遊戯王もですね、vol1とかのvol表記の頃だったと思います、そっちはプレゼントとかでもらって浮かれながら開封した記憶があるので、とりあえずカードを与えておけば喜ぶ子ども、だったのかも。…今もか?

あどばんすいぬ
あどばんすいぬ

その当時の幼稚園社会で流行っていた、みたいなのもあるかも
ベイブレードとかも世代っちゃ世代?

ぼーいねこ
ぼーいねこ

【悲報】アラサーのおっさん、幼稚園児の頃からやってる事変わらない

もちろん私の幼稚園児時代にスマホなんてハイソでハイカラなものはなかったのですが、今時の子は言葉を覚える前からスマホの操作は習熟してそうですもんね。

ちなみにうえで悪態ついているぼーいねこ君は目に鮮やかなオレンジですが、視認性の問題でこうしているだけで、実際に筆者が使っていたのは黄色のやつでした。

イエローのゲームボーイカラーにポケットモンスター青を突っこんで日々を生活していましたね。

小学生の時代、転校の経験とゲームへの執着

丁度小学校に上がる時くらいでしょうか、転勤に伴う転校を経験するんですよね。

といっても、東京から神奈川へ。別にそんなに大きな移動ではなかったのですが、それでも子どもにとっては、当時のお友達だとかご近所さんとか、住む世界が丸ごとひっくり返る経験でした。

そして、今実家があるところに越してきます。

そっちでも最初はおっかなびっくりすでにある人の輪に入っていくわけですが、ポケモンの話をすればなんとなく通じるし、一緒に遊べる!!!というコトに衝撃を受けます。

流行っているので当たり前といえば当たり前なのですが、子ども心には初対面の人とも通じる話題が一つあるというのがとっても心強く感じたのです。何なら一緒に遊べますしね。

今思えば、この経験が全ての原体験ですね。もしかしたらこの経験とありがたいという感覚がなければここまでゲームにのめり込んで、布教、情報共有するサイトなんて作らないような気がしますし。

当サイト最初の方の記事であるゲームで遊ぶことのメリットに、共通の話題として人を繋げる効果があると、堂々最初にブッコんだのですが、まさにこの経験からです。

ゲームで遊ぶことのメリットとは?良かったことを解説します
これまでの人生で、ゲームで遊んでおいてよかったなと、個人的に感じたことを記載する記事です。

あと、これも若干ホラーなんですけど、この幼稚園と小学生の頃に64だったりゲームキューブだったりでスマブラで遊んで、みんなと楽しく遊ぶ経験をするのですが。

つい数年前社会人になった時も、先輩と初めて遊ぶときにスマブラで遊びました。冗談抜きで20年前とやってること変わらなくて怖いです。

スマブラ偉大過ぎでは?私の人生で何回人間関係を構築してくれるんだろう。

あどばんすいぬ
あどばんすいぬ

サクライさんありがとう!!!サクライさんありがとう!!!
サクライさんありがとう!!!
ああ…サクライさんサクライさんサクライさん…

桜井政博のゲーム作るには
『星のカービィ』『大乱闘スマッシュブラザーズ』などのディレクターが、ゲーム制作にまつわる、あるいは役立つ話をします。目的は、これから世に出るゲームの面白さを少しだけ底上げすること。なるべくわかりやすくします!※このチャンネルで使用する任天堂ソフトの開発資料および開発ROM映像は、事前に任天堂の許諾を得ています。
ぼーいねこ
ぼーいねこ

連呼すると怖いからやめな

もちろんポケモンもノリノリで遊んでいまして、丁度ルビサファとか、ファイアレッドリーフグリーンの頃ですね。FRLGって略すのかしら。

ゲームボーイカラーでの経験が主だったので、初めてアドバンスになって水たまりに雲が映ったり、洞窟でちょっとした特殊効果があったり、発売を待っている間もすごく楽しみでしたし、遊んでみてもすごく楽しかったです。

その当時もゲームに精通している感じの子と仲良くなって、ヒンバスとかタツベイとか交換したりして遊んでいたのが強く記憶にあります。なつかしい。

ただし、この頃は努力値の事も詳しくはわからず、強いポケモンを作るところまで意識が行ってませんでした。なので、厳選だったりまではやっていなかったです。まあGBA環境の厳選ってとんでもなかったと聞きますし…。

ただ、この小学生の頃の体験で満足してしまい、中高生のある段階までポケモンと距離が空いてしまいます。ちょっと子どもっぽい気がしてしまうのですね。

後でこのことも詳しく触れますね。

当時ならではの経験、ポケカに映画、ポケモンセンター

若干脱線気味な部分もあったと思うので、よりポケモンにフォーカスしていきます。

小学生の自分は、丁度入場者プレゼントのポケモン映画とかがしっかり世代だったので、それらも友達と一緒にトイザらスに受取りにいったり。

たしか、ジラーチが一番最初に劇場前売り券でポケモンの配布やってたんですよね。懐かしい…。

あと、とってもよく覚えてるんですが、当時映画館限定でポケカの構築済みデッキとか売ってましたよね??筆者も映画館で買っ…てもらった記憶があります。

拡張パックで当てるのに比べてめっちゃ弱くて、子ども心にやっぱパックから出さないとダメなようになってるんだなーと感じた記憶があります。

当時は毒づいたものの、今思えば、見た映画のポケカがそのまま手に入るというのは中々素敵だと思います。コイントス用のコインもついてましたしね。今もやってたりする?

また、ポケモンセンターも、今とは少しづつ違う場所にあったりして。

この当時は、トウキョーは日本橋の通りを入ったところにあったんですよね。記憶の中にはあるんですけど、いかんせん資料がない…。

と思ったら株式会社ポケモンのサイトにありました!!懐かしいから引用させていただきます。

ちょっと前にポケセン25周年とかで公式で特集組んでたりして、懐かしかったんです。

また、横浜のポケセンも、たしかランドマークタワーにありましたよね。今は、マルイの中に移動しちゃいました。

トーキョーのポケセンも、今は日本橋は高島屋の5階に入ってさらに立派になりましたし、何なら池袋にも大きいのがありますからね。コンテンツがでかくなったのを感じます。

当時は親に連れてきてもらって、だったんですが、今完全におっさんなので、近くに出かけたらついでに寄る、というのが割と当たり前になってます。

近々で横浜に行った時にもチラッと見ていきました。

横浜駅からランドマークタワーまでの歩き方。ドラゴンクエストカーニバル開催記念
横浜駅からランドマークタワーへの歩いていく道順と、この夏開催されているドラゴンクエストカーニバルに行ってきた感想を共有しています。

とはいえ、この頃はそれはもう情熱的にポケモン追ってたのですが、今はそこまででもないですからね。まあゲームの新作は毎回買ってしまうのですが…。

ただ、ポケカやアニメ、映画とは小学生以降、完全に手を引いています。ポケカは少しだけネトゲでここ数年触っていたものの、その間は完全に空白です。

ゲーム自体はやってるのでそこからなんとなく話を聞いてたりはしますけど。

中高生、大人になって少し距離を置く…といいつつ?

筆者は中高生くらいになって、周りがDSとか持ち始めるようになった時。

対戦ゲーム、もっというとゲーセンのゲームや別のカードゲームに夢中になります。

なので、ポケモンは小学生の頃がっつり追っていた反動で、少し疎遠になってしまうのです。具体的に言うと、ダイパはリアタイで遊んでいません。

今思うと、せっかくなら遊んどきゃあ良かったのに、と思います。

まあただ、当時は少し背伸びしたいお年頃だったでしょうし、それもまた人生、とおもっちょります。

…とはいえ、転機が訪れます。ちょうどニコニコ動画に端を発する、バトレボの対戦動画の流行が、私の中高生時代を襲います!!!!

やっぱり、この頃の中高生って、子どもの頃にポケモンの洗礼を受けたうえで、実はこんなに対戦が面白いんだぜ?ってネットを介して話題になるという流れなので、皆やってたイメージです。

私の周りでも、めちゃめちゃ覚えているのが、一緒にモンハンやってた友達がそのままポケモンの繋がりになるという流れを体験して、結局学生時代ゲームしかやってなかった印象です。

ぼーいねこ
ぼーいねこ

だからこんな仕上がりになってしまったのね。

ダイパプラチナ、HGSSはリアタイではなかったのですが、ブラックホワイトの時は発売日当日に、その友達と駆け回って発売されたものを探しにいった覚えがあります。

売ってなかったんですよね!!発売日当日に!!ほんで、ホワイトしか在庫がないお店をどうにか見つけて、友達と、「俺がブラックでお前がホワイトって話だっただろ!!?!?」とその場で店員さんを挟んでめっちゃ協議した思い出が。あります。

あどばんすいぬ
あどばんすいぬ

今思うと、店員さんには申し訳ないな。

そして手に入れたブラックホワイトでも、そのメンツと一緒に帰るときは毎回ポケモンバトルしてました。

改めて書くと、最初にちょっとおませさんぶって、ダイパ手を出さないのは何だったのかってくらい後になってからの方がハマってますね。

マジで中学生の最初のほうだけちょっと大人ぶってみてて、結局振り切った感じですね。とはいえ、周りがハマっているのってデカいですよね。ブームが起きたら一緒に乗っちゃいますもの。

プレイ動画の洗礼を全身に受ける

ちょっとだけ書きましたが、このニコニコの対戦動画の洗礼は中々に凄かったです。

動画だと、戦い方であったり戦闘中の考え方であったり、可視化されて駆け引きが分かりやすくなるのと、ポケモンは、ガチ戦であってもお気に入りのポケモンを使いたい!みたいな人が結構いて、それもある程度なら肯定されるゲームだったので。

色んな人の動画をみてあーでもないこーでもないと、自分でも遊んで試して、ていうのを繰り返していました。

今思えば、最近のインフルエンサーさんが遊ばないとゲームは流行らない、という風聞はこの頃からの兆候としてあったような気もします。大体2010年代半ばくらいから。

当時はvtuberさんなんていらっしゃらなかったけど、ニコニコなりなんなりで何か面白い人が作った文化が伝播して。流行して皆一つのゲームをやる。みたいな。

私ですら、この当時に好きになった人の配信をBGMに聞きながら今も記事を書いていたりします。

ていうかそうなんですよね、ポケモンつながりで知った配信者さんを今も見ている訳で。改めて書いてみるとポケモンに感謝しなきゃいけないなと思いますね。

このあたりのこともまた書きたいな…。

そして今に至る

この後大学生になったり社畜になったりするのですが、まあほぼ今の私なので割愛します。

ぼーいねこ
ぼーいねこ

…5歳の頃から”今の私”と全く変わらなかったような気がしますが。

だもんで、割と小中高と、ずっとポケモンと一緒にいたような気がします。そして、書いていても改めて思ったのですが。

ポケモンの思い出を語るときって、その当時の友達のこともおぼろげながら一緒に思い出せるんですよね。もちろん筆者が人間関係に恵まれていたからこそ、というのはあるのですが。全て現在の筆者を形作る思い出です。

筆者も今現在は、そこまで熱量高く追っているわけではないですが、今後もいちゲーム大好きおじさんとして、ゲームのメインシリーズは追っていこうと思います。

ホントはもっともっと書きたいことあるのですが、おいおい書いていこうと思います。

ポケカのアプリ楽しみですね!!

以上になります。ありがとうございました。

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